「南シナ海で米中衝突」を予言!1942年イエール大白熱授業 – 奥山真司(地政学・戦略学者) – BLOGOS

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日米戦の最中、大胆な戦後予測で物議を醸した戦略理論家による、今こそ注目すべき未来図

奥山真司 地政学・戦略学者

二〇一七年一月三日、アメリカのリスク・コンサルティング会社ユーラシア・グループが毎年恒例の「世界の十大リスク」を発表した。そのなかでトップに挙げられていたのが、トランプ新大統領による「わが道を行くアメリカ」である。そこでは重大なリスクとして、「超大国が何もしないことに伴う混沌」、「制度的枠組の広範な弱体化」とともに、「中国の台頭と米国との直接紛争の可能性の高まり」が指摘されていた。

もちろん、このリスト自体はあくまでも〝予測〟に過ぎないが、アメリカ政治の混乱、ここ数年の中国の動き、なかでも人工島の埋め立てなどの南シナ海への進出といった状況を考え合わせると、米中衝突というシナリオがこれまでになく現実味を増していることは否定できない。

さらに気になるのは、米中間に起きた衝突の前例だ。

一九九五年七月から中国は、台湾の李登輝総統(当時)の訪米を受けて、繰り返しミサイル発射試験を行った。いわゆる「台湾海峡危機」である。これに対し、翌年、アメリカは二つの空母打撃群を派遣して中国側を牽制した。この年の米大統領選で、クリントンが再選を決めた後、中国はさらに軍事的挑発を行った。

また、ブッシュ政権が誕生したばかりの二〇〇一年四月一日には、海南島沖の公海上でアメリカの電子偵察機と中国人民解放軍海軍の戦闘機が空中衝突、いわゆる「海南島事件」が発生している。

そして二〇〇九年三月九日、今度はオバマ政権の発足後まもなく、音響測定艦インペッカブルが、海南島沖で中国人民解放軍海軍の調査船数隻に囲まれて進路妨害を受けている。つまり、大統領選があるたび、米中は新政権の初期に衝突事件を起こしてきたことになる。

さらに今回は、南シナ海の問題が絡んでくる。習近平政権になって、中国は二〇一四年から南シナ海で領有権の争われていた岩礁などに次々と人工島の埋め立てやその「軍事化」を進めてきた。その人工島の一部には三千メートル級というジャンボ機も発着可能な滑走路だけでなく、対空ミサイルなども続々と配備されている。

もちろん純軍事的な観点でみれば、このような軍備では、まだまだ米軍に太刀打ちできるような状況にはない。いざとなれば、アメリカは巡航ミサイルや空対地ミサイルなどで滑走路を破壊すればいいだけの話だからだ。しかし問題は、中国が平時の時点での実効支配の範囲を確実に広げているということである。

南シナ海は、世界の海上貿易の三割がここを通過する、地球上で最も重要な海上交通路の一つだ。ここは日本をはじめとする東アジアの国々の中東からのエネルギー運搬路でもある。ここで中国が実効支配を強め、いざという時に海域を圧倒するような事態は、世界の公海を支配し、実質的に「海の守護者」を自任しているアメリカ(海軍)にとって容認できることではない。つまり、南シナ海の覇権争いこそは、米中間の衝突の最大要因なのである。

学会で浴びた怒号

前置きが長くなったが、実はこのような「南シナ海での米中の衝突」を七十年以上前に予見していた人物がいる。それが国際政治学者ニコラス・スパイクマン(一八九三︲一九四三年)だ。彼はアムステルダムで生まれ、一九一三年からジャーナリストとして中東に三年、極東に一年滞在した後、アメリカに移住。カリフォルニア大学とイエール大学で教鞭を執り、イエール大学の国際研究所所長も務めた。

スパイクマンは、第二次大戦中の一九四三年に四十九歳の若さで亡くなった。しかし、独自の地政学的見地からの分析は、すでに「戦後」の戦略状況を正確に予測していたのである。

彼の予測の射程の長さと正確さ、そして理論家としての勇気をよくあらわしているエピソードがある。一九四一年十二月三十一日、アメリカ地理学会の例会でのことだった。

彼は自分の論文を発表し、その後の質疑応答のなかで、「アメリカはこの戦争が終わったら、日本やドイツと同盟を組まなければならない。そして、ソ連に対抗していくべきだ」と発言したという。日本による真珠湾攻撃の直後といっていい時期だけに、会場には怒号が飛び交った。

しかし、彼の予測の的確さは次第に明らかになり、戦後アメリカの対ソ「封じ込め」政策に大きな影響を与えたとされている。

さらには彼の死後、一九四四年にまとめられた遺著『平和の地政学』(芙蓉書房出版)のなかでも、戦後のアメリカはアジアのパートナーを国民党中国から日本へ劇的に変えざるを得ないと述べているのだ。

では、スパイクマンはどのように、こうした結論に至ったのだろうか。

彼の戦略理論の核となっているのは「リムランド」という考え方である。リムとは「縁」を意味し、世界覇権を考える上で、戦略的に最も重要なのは、ユーラシア大陸の沿岸部一帯(リムランド)だと唱えたのである。

このリムランド論を軸とするスパイクマンの戦略理論は、これまで日本ではその全貌が明らかにされてこなかったが、ついに彼の主著が邦訳された。“America’s Strategy in World Politics”『スパイクマン地政学』(芙蓉書房出版)である。この一九四二年に書かれた大著には、いくつもの的中した「戦後」の予言が記されているが、ここでは南シナ海の重要性を指摘したくだりを中心に紹介していきたい。そのキーワードは「アジアの地中海」という、スパイクマンが独自に発展させた概念である。

「内海」が世界の運命を制す

「アジアの地中海」とは、地政学の祖とされる英国の学者・政治家のハルフォード・マッキンダー(一八六一︲一九四七年)の議論を発展させたものだ。有名なマッキンダーの「ハートランド論」はユーラシア大陸のハートランド(大陸内部)を制する者が世界を制するとしたものだが、海と陸が接する沿岸部(リムランド)の重要性も指摘していた。

そのマッキンダーの議論を受けて、スパイクマンが強調したのは、陸に囲まれた「内海」(マッキンダーの用語では「周辺海」)の重要性である。

特に「内海」が重要となるのは水上運搬である。物資の通り道や交易の拠点、軍事上の拠点となるために、内海の水域を支配する者が、その周辺地域をも支配するという形になりやすい。その典型は、地中海を支配していた古代ローマ帝国だろう。

その後も歴史的に「大国」や「列強」と呼ばれてきた国々は、自国の周辺の海を囲い込むようにして支配を確立し、そこから域外に展開しているのである。

大英帝国の場合は英仏海峡だけでなく、地中海、さらには大西洋を「内海」として支配することで、その覇権を確立していった。また、日本が「大国」だった頃は日本海、東・南シナ海を「内海」として支配していた。そしてアメリカは、米西戦争などにより、まずカリブ海という「内海」を支配した後に、太平洋という「内海」を巡って日本と覇権争いをして勝利を収め、世界の海の支配を確立したといえる。

一方、ドイツやソ連も海洋進出を目指したが、バルト海やオホーツク海、それに黒海など、ごく限られた「内海」に限定されていた。

このように世界を見るスパイクマンは、一九四二年の時点で驚くべき指摘を行っている。それが「アジアの地中海」という概念である。

「シンガポール、台湾、そしてオーストラリア北岸」という三辺に囲まれた島だらけの海域もまた、一種の「内海」であり、このエリアを押さえられるかどうかが、アメリカの世界支配にとって鍵となる、と喝破しているのだ。






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