命がけの脱出、シリア人一家「自分が難民になるとは…」(アジアプレス・ネットワーク)

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◆闇夜、ゴムボートに乗り、波打つ中ギリシャ領の島を目指して進む

2015年9月、トルコの海岸に3歳の遺体が流れ着いた。ギリシャに渡ろうとしたボートが転覆、溺死したシリア難民だった。砂浜に打ち寄せられたアイランくんの写真は、世界中のメディアで大きく伝えられた。男児はコバニ出身。過激派組織「イスラム国」(IS)と地元クルド部隊との激しい戦闘が続いた町だ。

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同じ頃、コバニから逃れてきた、元アラブ系新聞社の記者で友人のフェルハッド・ヘンミさん(31)も、妻と幼い娘2人とともに、トルコから欧州へ向かおうとしていた。「ゴムボートで海を越える」。彼の電話を受けたのは、決行の数日前だった。危険すぎる、と私は言ったが、「ISがまた町を襲撃するかもしれない。転覆は怖いが、もう故郷には戻れない」と震える声で答えた。

しばらく連絡が途絶えた数週間後に「無事だ」とのメッセージを受け取った。トルコで4000米ドル(約48万円・当時)を、脱出を手引きするブローカーに支払い、闇夜に難民30人とボートに乗った。波打つ中、ギリシャ領の島を目指して進んだ。彼は娘たちを腕に抱きながら「神様、どうか助けてください」と祈り続けたという。ギリシャに上陸すると、バスや電車、徒歩でおよそ10日間かけて数カ国を縦断、親戚のいるドイツにたどり着いた。収容施設での審査を経て、滞在許可を取得した。

あれから約2年。今年8月、私はフェルハッドさんに会うためにドイツ西部へ向かった。小さな田舎町にあるアパートで、妻のマハさん(32)と幼い娘2人が私を迎えてくれた。

「明日の食料や命の危険におびえなくていい。安全な暮らしに日々感謝している」。マハさんはほほ笑む。当面は、アパートの家賃500ユーロ(約6万5000円)と、生活費1200ユーロが支給される。その期間に、言葉を覚え、仕事を得て自立することが求められる。娘たちは地元の幼稚園に通い、友達ができ、ドイツ語も話せるようになってきた。自分が難民になるなんて、10年前まで想像すらしなかった、と彼は言う。

欧州各地ではイスラム過激主義者のテロがあいついでいる。難民にまぎれてドイツに入り込んで殺傷事件を起こした者もいた。「助けてくれた国や人びとに憎しみを向けるなんて許せない。でもシリア人すべてがやっかいものとして見られるのは心苦しい」とフェルハッドさんは話す。

長女はまもなく小学校に入学する。先日、近所のドイツ人が、通学用にかわいらしいリュックサックをプレゼントしてくれた。心やさしい人たちがまわりにたくさんいることが、家族の支えになっているという。

最近は難民と近隣住民をつなぐ、アラビア語と英語の通訳ボランティアを始めた。いつかは社会に恩返しをしたいと願うフェルハッドさん。「私と同じような境遇の家族はたくさんいます。戦争で家族を失い、故郷を追われた人、欧州に渡る途中に海で溺れた子ども。シリアではたくさんの悲しみがいまも続いています」【玉本英子・アジアプレス】

(※本稿は毎日新聞大阪版の連載「漆黒を照らす」2017年9月5日付記事に加筆修正したものです)






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