イラクでの残虐行為 元米兵が背負い続ける十字架 自衛隊員に同じ思いさせぬために 加藤直樹(アジアプレス・ネットワーク)

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2004年2月21日のことだ。クリフトン・ヒックスはフロリダ州出身の19歳で、アメリカ陸軍第一騎兵連隊第一大隊C中隊に所属する二等兵としてイラク・バグダッド郊外にいた。この日の夜、夜間パトロールのために戦闘車両で移動中であった彼の部隊は、闇の向こうに仕掛け爆弾の爆発音が響くのを聴く。銃撃戦の音がそれに続いた。

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ヒックスの部隊が駆けつけると、銃撃戦はすでに終わっていた。空挺師団のパトロール隊が道の左から攻撃を受け、応戦したのだという。道の右側にある民家からも銃声が聞こえたことから、彼らはそこにも激しい銃撃を加えていた。

ヒックスの部隊は、空挺師団の部隊と共に捜索を始める。攻撃を受けた左側に広がる野原には、空の薬きょうが残されただけで、襲撃者はすでに姿がなかった。次に兵士たちは右側の民家に向かった。車を駆け降りて戦闘態勢を取りながら殺到し、ドアを蹴破る。

彼らが家の中で見たのは、集まって結婚を祝っていた親戚たちであった。だが米軍が撃ち込んだ弾丸は、祝いの宴を修羅場に変えてしまっていた。

イラクでは、祝いの場で空に向けて銃を撃つ。空挺師団のパトロール隊が聞いたのは、新婦の父が娘の旅立ちを喜んで空に放った祝砲だったのだ。3人が米軍の銃弾を身体に浴びていた。一人は6、7歳の少女であったが、すでに息絶えていた。ヒックスは、戦闘車両の上から彼女の遺体をほう然と見つめた。彼は無線で本隊に指示を仰ぐ。だが彼に返ってきたのは、「パトロール任務を続けろ」という命令だった。

「通訳もいないし、アラビア語も話せない。『申し訳ない』とさえ言えなかった。ただ車に飛び乗って走り去りました」
ヒックスがこの出来事を明らかにしたのは4年後。反戦を訴えるIVAW(反戦イラク帰還兵の会)の公聴会の場においてだった。この公聴会の記録は『冬の兵士』(反戦イラク帰還兵の会、岩波書店)という本にまとめられている。

多くのイラク帰還兵が、口々に米軍の非人道的な行為を証言した。捕虜の拷問や無差別の発砲、家を破壊しつくす「捜索」など。悪名高いファルージャでの戦いでは、海兵隊の法務官が、道を横切る者は殺せ、白旗を掲げて近づいてくる者も罠だと見なして殺せ、と公言したという。

日本では最近、憲法改正、とくに9条改憲が現実味を帯びて語られるようになってきた。その狙いは自衛隊が海外で戦闘に参加できるようにすることだろう。私見では、その場合、自衛隊に求められる海外での戦闘は、まずは海上自衛隊の米艦隊護衛と、陸上自衛隊の米軍後方支援になるのではないかと思われる。後方支援とは、具体的には兵站と治安維持だ。要するにヒックスの部隊が行なっていたような任務である。

日本も国力に見合った国際的な「軍事的貢献」を行なうべきだ、などと主張する人々がいる。だがそこには、実際に海外に派兵される自衛隊員への想像力がすっぽり抜け落ちている。自衛隊には、経済的苦境が続く地方で職や資格を求めて入隊した若者もいるだろうし、東日本大震災での自衛隊の人命救助に感動した若者もいるだろう。だが見知らぬ遠い国で、日本の国土への侵略者ですらない人々に銃を向けたい者は、ほとんどいないはずだ。

先の公聴会には、イラクの市民に暴力を振るったり、殺害したりしたことに対する罪の意識に苦しむ元米兵たちが登場する。それは彼らの一生の十字架となった。私は日本の若者に、ヒックスのような経験をさせたくない。遠い他人の国で誰かを殺したり殺されたりする経験をしてほしくないのだ。私が9条改憲に反対する理由である。






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