国家の持つすねの傷 – BLOGOS

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外国に住んでいる日本人が最も気にする点の一つに日本や日本人のレピュテーション(評判、評価)があろうかと思います。どれだけ頑張っても、「日本人はねぇ…」「日本人でしょ…」と言われたら腹が立ちます。なんで一括りにするのだ、と。日本に在住する限りにおいては民族問題に直接的に接することはほとんどないのですが、海外だからこそ繊細に感じる事象であります。

サンフランシスコで市議会が民間の敷地にあった慰安婦像と碑文の贈与を市が受けることを決定しました。これを受けて提携関係にある大阪市は大きく反発したことが報じられています。しかし、現地に住む日本人にはもっと衝撃的な事実であろうかと思います。不思議なことにメディアからは現地の声が全く聞こえて来ず、一種の偏向報道だと感じます。

カナダでは中国系の市民団体ALPHAがその圧倒的機動力を駆使し、オンタリオ州で12月13日を南京事変の記念日として制定する動議を通しました。その勢いをかって中国人コミュニティが大きいマニトバ州でも新民主党の代表代理であるフィリピン系女性議員が中心となり、同様の計画を企てましたが、反対多数で否決されています。

オンタリオ州で動議が可決されたといっても107名いる州議会議員のうち、その際に出席した議員はわずか15名です。それでも議員個人がかける動議は可決できるのです。これをあたかも圧倒的賛同を受けたと報じる中華系の新聞は先日のスペイン、カタルーニャの独立を問う住民投票と同じ構図なのですが、自己満足の世界だと報じたメディアもありません。

北米において日系人は戦時中、米国、カナダ政府によって強制収容所に送られるという屈辱を経験しています。これについてはのちに両国政府は謝罪しているわけですが、その謝罪とは肉体的にも精神的にも苦痛を強いたという意味であったと思います。にもかかわらず、サンフランシスコ市やオンタリオ市は戦後70年以上もたってなお、日本に精神的苦痛を強いようとしています。明らかに歪んでいるのにこれを覆せないのはなぜでしょうか?

いわゆる歴史戦とも称される当時の事実関係の洗い出しについては日本の学者らが様々な証拠を見つけ、発表しているもののほとんどが無視されるか、評価されない事態になっています。挙句の果てに「歴史修正主義者」というレッテルを張るのです。そんなことを言っては世の歴史学者の存在を否定するようなものです。しかし、直面する問題に対して歴史戦を展開するのは良い戦略ではないとも考えられています。それは「絶対的結論」がない学者論争だからであり、一般人の多くはそこまで深堀することはないからであります。

「国家の持つすねの傷」というタイトルは歴史的事象に対してどういう視点で見るか次第で絵図はすっかり変わることを意味しています。すねの傷がない国などほとんど存在しないわけでそれを誰がどう意図的に取り上げるか次第でどうにでもまつりあげることが出来るということです。

例えば日本がアメリカと戦争したきっかけはルーズベルト大統領の人種差別に基く挑発に根本的起因があるという見方は出来ます。が、学校の教科書にはそんなことは一言も書いていません。慰安婦施設を持たないソ連軍はどれほど非人道的凌辱行為を行ったかなどほとんど誰も知りません。そんなことは焦点の当て方とそれを問題視しようとする機運次第なのですが、遠い戦争時代の話など現代の人が興味を呼び起こすことすらなく、日本は常に歴史戦でディフェンス側に立たされるのであります。

では攻めなら何があるのか、といえば材料はいくらでもあります。例えば韓国は慰安婦問題をしきりに取り上げますが、韓国がベトナム戦争の際に行った大虐殺や強姦、その挙句生まれたライダイハンのことを日本側がスポットを当てたことはあまりありません。これも慰安婦問題や南京問題同様、数字が独り歩きしていて何が事実なのか不明瞭ですが、極めて残虐で、調べれば調べるほど唖然とするような話がてんこ盛りで出てきます。

中国はどうでしょうか?中国が必死で情報コントロールする文化大革命のその犠牲者はどれだけいるのでしょうか?一説には1億人とも言われています。習近平国家主席もそれによりつらい思いをした一人です。が、中国は決してその件を公にしません。書物は今でこそそこそこ出回っていますが、多くは中国人の著者によるものか学者の書籍で一般的な外国人の目で記したものはあまりないと認識しています。

中国にはほかにも今なお続く法輪功問題があります。一種の思想でありますが、中国政府がものすごい勢いで弾圧します。挙句の果てに虐殺のみならず、「臓器狩り」というオカルト的事件も組織的に行われたとされます。

欧米ではそれらの事実はほとんど学者レベルにとどまり、一般が知る機会はありません。慰安婦問題でも同様です。ただ、ごく一部の運動家が声を大にして活動するので無抵抗にそれが拡充してしまうというのが今起きている事実ではないでしょうか?

文化大革命などそれこそユネスコの世界記憶遺産にすべき事実だと思います。まずは日本だけが辱められるようなことではなく、どの国もいくらでもボイスアウトされたらいやな歴史的事実は存在する点をまず認識すべきと思います。そしてそれを第三国で今することに意味があるのかという疑問もあります。その良識が北米にはあったと思っていたのですが、最近は本当に残念な結果が続く中で何が良策なのかしっかり考える時期になったと思っております。

では今日はこのぐらいで。






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