「脱北者」を待つ厳しい現実… なまりで差別、進学や就職で苦労 韓国で生活、昨年3万人超(西日本新聞)

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 北朝鮮を脱出して韓国で暮らす「脱北者」が昨年、3万人を超えた。同じ民族ながら独裁政権と民主政権という対照的な歴史をたどり、圧倒的な経済格差がついた北朝鮮から、夢を見て韓国へ渡った人を待っていたのは想像以上に厳しい現実だ。言葉、学歴社会、差別…。韓国政府は教育、就職で手厚く支援するが、それでも耐えられずに挫折して退学したり、仕事を辞めたりして韓国社会に溶け込めない人が少なくないという。南北分断から約70年。近くて遠い「同胞社会」で生きるソウルの脱北者たちを訪ねた。

⇒【画像】韓国が受け入れた脱北者

 町工場が並ぶソウル南西部の雑居ビル4階では中国語が飛び交っていた。若い脱北者の教育支援施設「ウリドゥル・ハッキョ(私たちの学校)」。韓国語の初級クラスでは、10代の男女4~5人が真剣な表情で書き取りをしていた。

 脱北者といっても、さまざまなケースがある。一般的には中国や東南アジアなどを経由して韓国に渡る人が多いが、親が中国に逃れ、そこで生まれた人も広い意味では脱北者だ。

 大学受験の資格などを得るため、同施設では現在45人が学ぶ。施設は政府の補助を受けており、学費は無料だ。

 2011年に単独で脱北したというホ・チョルグンさん(27)は、レストランでアルバイトをしながら2年間、施設に通っている。北朝鮮で高校まで進んだが、「ほとんど通わず、勉強はろくにしなかった」。韓国で給与など待遇が良い仕事を探すと、どこでも学歴の壁にぶつかった。周囲の韓国人はほとんど大学卒。「せめて高校卒業の資格がないと待遇の良い仕事が得られない」と、高卒資格を得ることにした。

言葉の癖を直す日々

 脱北者には言葉の「壁」もある。北朝鮮の言葉は韓国語とほぼ同じだが、なまりが強く、独特の単語も多い。

 06年に中国経由で脱北したキム・ヨンシルさん(43)=仮名=には忘れられない言葉がある。経理担当として就職した会社に抗議の電話が入った。キムさんが作った資料に数字のミスがあったという。「北朝鮮から来たんですか? では仕方ないですね」。相手はキムさんの話し方で北朝鮮出身と気付いたようだった。

 キムさんは、いわれのない差別を受けないよう今年7月から、話し方を矯正するセミナーに通い始めた。「こんにちは」「これはいくらですか?」。基本的な韓国語のフレーズを繰り返し、言葉の癖を直す日々だ。

 キムさんはその後、脱北者や朝鮮系中国人が多い清掃の仕事に転職した。1日6時間、週5日間働いて月収は約100万ウォン(約10万円)。溶接工をしている中国出身の夫と8歳の子どもとの生活は楽ではない。それでも、歯を食いしばって韓国で暮らす道を選んだのには理由がある。

 中国に脱北した後、一度送還された経験もあるキムさん。北朝鮮では強制労働を科せられ、食事もまともに与えられなかった。一緒に働いた70歳代の男性が30代の若い軍人に「働きが悪い」と殴られる様子を見て、自分も身の危険を感じ、4カ月後に再び逃げ出した。「資本主義は平等ではないが、努力すれば得られるものがある。今はつらいけど、まるで酸素さえなく、息が詰まるような北朝鮮には絶対戻りたくない」。キムさんの言葉にぐっと力が入った。

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