豊臣秀吉、朝鮮出兵の激戦地 争いの傷痕残る「東莱邑城」 記憶受け継がれる 韓国・釜山(西日本新聞)

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 朝鮮王朝の時代、この地域の行政を担う東莱府を、高さ約4メートルの城壁で取り囲むようにあった東莱邑城(ウプソン)。1592年の戦いで壊滅的な被害を受け、18世紀に再建された。1980年代から城壁や門などが修復され、今は公園となっている。公園内や地下鉄寿安(スアン)駅の構内には、争いの傷痕を感じられる歴史館がある。

 日本への外交使節団、朝鮮通信使が一時途絶えるきっかけとなった朝鮮出兵。東莱で毎年開かれている歴史祭りでは、東莱邑城が攻められる様子を再現したミュージカルも上演され、今も市民の「記憶」として受け継がれている。

西日本新聞社




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