(朝鮮日報日本語版) トラック島の朝鮮人慰安婦、米公文書で確認(朝鮮日報日本語版)

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 これまでは証言のみだった南太平洋トラック島(チュ―ク諸島)の朝鮮人慰安婦の存在が、米国の文書を通して確認された。ソウル市は11日、ソウル大学人権センターの鄭鎮星(チョン・ジンソン)教授率いるチームと共同でトラック島の元朝鮮人慰安婦26人の存在を確認できる米海軍の戦闘日誌と、帰還当時連合軍が撮影した写真、搭乗記録がある乗船名簿、ニューヨーク・タイムズの記事などを発掘したと発表した。トラック島は太平洋南西部にある島で、第2次大戦当時、日本海軍の艦隊の主要基地として使われた。朝鮮人が基地建設のため強制動員された場所の一つでもある。

【図】故イ・ボクスンさん、南太平洋のトラック島まで…慰安婦の移動経路

 研究チームが米国国立公文書記録管理庁で発掘した米軍の戦闘日誌によると、トラック島から帰還した1万4298人のうち朝鮮人は3483人だった。戦闘日誌の医療記録には「この人々(朝鮮人女性)のほとんどは慰安婦だった」という文言があった。研究チームは「日本軍の資料や捕虜の尋問を基に作られた米軍の戦闘日誌からも、この人々を慰安婦と呼んだ記録が見つかった」と説明した。

 朝鮮人慰安婦などは、1946年1月に「イキノ号」に乗って、日本を経由して故国へ帰還した。研究チームが探し出した当時のニューヨーク・タイムズの記事には「司令官が朝鮮人慰安婦(Comfort Girl)27人と朝鮮人らを送った」と記されていた。研究チームは「実際に乗船名簿を見ると慰安婦は26人で、記事では子ども3人のうち1人を慰安婦に分類していたとみられる」と説明した。記事によると、この女性たちは島に残ることを希望したが、受け入れられなかった。慰安婦の女性たちは「日本軍に協力していたと言って、ほかの朝鮮人は私たちを海に落とすだろう」と恐れていたという。

 イキノ号の乗船名簿では、慰安婦の女性26人と子ども3人の名前・職業・住所を確認できた。このうち1人だけ、連合軍が撮った写真を通して身元が確認された。研究チームは、「ハトガワ フクジュン」という姓名を記した女性について、元慰安婦として登録された故イ・ボクスンさん(1926-2008)であることを明らかにした。イ・ボクスンさんの息子が、トラック島の慰安婦の写真で母親の顔を見つけ、イさんの除籍謄本を調べてみると「ハトガワ フクジュン」という姓名が合致。住所も生前暮らしていた場所と一致した。

 また研究チームは、別の元慰安婦、故ハ・ボクヒャンさん(1926-2001)の被害事実も、証言がなされてから16年を経て資料で証明した。ハさんは2001年、韓国挺身(ていしん)隊研究所に被害事実を語ったが、被害者として登録される前に世を去った。研究チームは、前もって確保したフィリピン捕虜収容所の尋問カードと照らし合わせ、ハさんの口述内容を裏付ける客観的な証拠を見つけた。研究チームは、動員された慰安婦の捕虜尋問カード33点に記録された写真と生年月日、住所、両手の指紋をハさんの身元情報と照合した。指紋の鑑識を依頼した警察庁からは「一致する」という回答が得られ、慶尚北道慶山と記載されていた住所も、ハさんの証言と一致することを確認した。

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