<コラム>北朝鮮で「地主」と呼ばれたい、私が現地人に真顔で心配されたこと

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同級生たちがビールと飲み会の後のシメのラーメンの相応の対価を腹部に豊かにまとう一方で、取り残されたように私は高校時代から体型が変わっていない。ただし、167センチ46キロという体型は北朝鮮・朝鮮民主主義人民共和国でもかなりひょろっとしている部類に入るようで「毎日ご飯はしっかり食べていますか?先生。運動しましょう、先生」と、現地のカメラマンに真顔で心配されてしまった。北朝鮮の人に心配されるのはさすがにまずいと思うのだが、遺伝子の力は実に強力でなかなか太れない。

ところで、韓国語のあいさつに「パンモゴッソ?(飯食べたか?)」という表現がある。目上、年上の人から言われることの多い表現。「このことばは昔、韓国の食糧事情がとても厳しかったころの名残です」と教えてくれたのは大学の時の先生。「そう聞かれたらどう答えたらいいのですか?」と質問すると、先生は少し戸惑った表情をしてみせた後「まあ、実際にどうかなるわけじゃないから、適当にはいとでも答えておけばよろしい」と教えてくれた。

数年後、実際にソウルで地下鉄に乗っていたら中年男性に「パンモゴッソ?」と聞かれたので、自信満々に「はい!」返してみたところ「本当か?」と腕をつかまれ「学生!ちゃんと食べないとダメだぞ。国のお母さんが悲しむぞ」とまで言われてしまった。日本で帰国を待つおふくろまで出してくるなんて予想外にひどい。「話が違うじゃないですか!先生」と私はソウルの空をにらんだ。

同じようなことは韓国滞在中に複数回あった。食堂に行けば「ご飯食べているの?学生さん(注=私のこと)。学生さんを見ていると息子の顔を思い出すわ。学生さん、食べなきゃダメよ」と注文していないおかずがぞろぞろ出てきて、汽車に乗れば横の席のおばちゃんが「日本から来たの?これ食べなさい」とチョコパイをかばんから差し出す。

こちらはお腹がすいていないわけなのだが食べざるを得ない。四苦八苦、艱難辛苦(かんなんしんく)の末に必死に笑顔を作り食べる私の姿を暖かく見守る、慈愛に満ちた韓国人たちの表情を思い出す。今も在日朝鮮人の方に話を聞いていると「アイゴッ!(驚きを表す感嘆詞)おなかすいていない?まあ食べなさい」とインタビューが中断されることが多い。食べることに対しての感度が、南北共に明らかに日本に比べ高い気がする。

さて最近、お世話になっている編集者から北朝鮮のお菓子を頂いた。何度か善意に甘えて喜々として箱ごと頂戴していたら、箱の収集家と思われてしまったようで最近は空き箱もいただくことが多い。小欄でも紹介したことがあるが、最近の北朝鮮のお菓子の箱には熱量表記がされている。在日朝鮮人の友人によれば「昔はともかく栄養があるものがよかったけれど、今は朝鮮の人も熱量を気にするようですよ。やっぱり太るから」とのこと。

2010年に立ち寄った平壌駅前のカフェを思い出す。少しむっちりした体型の女主人が「最近、蒼光院(平壌市内にあるヘルスセンターのこと)で週何回か水泳を始めたの」と同行した顔見知りの女性案内員と話していた。「水泳はダイエットにいいですよね」と私が割り込むと「そうそう。水泳は全身運動ですからね」と艶めかしくほほ笑んだ。次の瞬間「北岡さんはダイエットしなくていいでしょう!」と別の案内員からツッコミが入った。

北朝鮮でも熱量やダイエットに気をつかう人たちが現れているというのは驚きだ。もちろんこれらをもって食糧事情の改善や人民の意識の変化と捉えるのは早計、明らかな誤謬(ごびょう)ではあるが。

04年、10年、13年、15年、16年。過去5回訪朝した写真と記憶を洗いなおしてみた。出会った人、道ですれ違った市民が極端にやせ衰えていた記憶はない。でも逆に極端に太った人もいなかった。普通体型、どちらかというと少しやせ型の人が多い気がする。食糧事情が厳しいという前提をふまえても、正直彼らの体型のことはあまり気にしていなかったし、気にならなかった。

そういえばこんな面白い話がある、と教えてくれたのは60代の在日朝鮮人の男性。1980年代、平壌を訪れ散歩をしていた時の話。同行者の中にかなり大柄の太った男性がひとりいたという。みんなで散歩をしていると石が飛んできた。「なんだなんだ?」と慌ててふり返ると子どもがいて、太った男性をにらみ「この地主め!」と叫んでいたという。

「太っている=地主」という発想が面白い。日本統治下、朝鮮人の小作人をこき使っていた地主のステレオタイプは、大きな腹をゆらせてえへんえへんとふんぞり返って偉そうにしている、まさにそんな姿なのだろう。

いつか私も年齢相応に太って、平壌の子どもに「この地主め!」と罵られてみたいと思うのだが地主への道は険しい。そればかりかたぶん、次の訪朝時も「先生。ちゃんとご飯食べていますか」。お節介な、けれど心優しい朝鮮人は私を見てそう言うに決まっているのだ。

■筆者プロフィール:北岡裕
76年生まれ。東京在住。過去5回の訪朝経験を持つ。主な著作に「新聞・テレビが伝えなかった北朝鮮」。コラムを多数執筆しており、朝鮮総連の機関紙「朝鮮新報」では異例の日本人の連載で話題を呼ぶ。講演や大学での特別講師、トークライブの経験も。






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